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東郷平八郎家の礼状
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- りんごのことわざ
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1日1個のりんごは医者いらず
百年前のイギリスの本に書かれた言葉です。昔からりんごは健康に良い食べ物とされていました。ビタミンC、ペクチン、カリウム、りんご酸などの健康のもとが、りんごにふくまれています。
りんごを磨く
ごますりの意味。小学校で先生に気に入ってもらうためにピカピカに磨いたりんごをプレゼントするのが流行ったことに由来しています。
りんごはりんごの木の近くに落ちる
子どもを見れば親がわかる、ということ。子どもは親に似たりよったりで、飛びぬけて優秀な子どもはできないという「蛙の子は蛙」と似た意味です。
赤いりんごは虫食いりんご
見た目が美しい赤いりんごは熟れているけれど、なかを虫が食っていることがある。見た目や外見だけで判断してはいけないという例えです。
赤きりんごに投石する者後を絶たず
熟して赤くなったりんごに石を投げ、木から落として食べようとする人が続出する。りんごが熟しているからこその行為で、青いままなら石を投げられないことから、秀でた人は憎まれやすいという「出る杭は打たれる」に通じます。
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青森市浪岡の小さな農家が、
贈って喜ばれるりんごをつくり
あおもりでいちばん信頼のある
「りんご農家」をめざします。
園主 成田貴吉(52才)

未来へ繋ぐ
りんごの木は大地に根をはり、太陽に向かって枝葉を広げ、20年の歳月を経て一人前の木になります。
青森の厳しい風土のなか、祖先の知恵と情熱によって守られてきました。
110年以上の歴史あるりんご園を、後世に託し、未来へ繋いでゆきたい。
自然の恵みと希望がギュッとつまったおいしい青森のりんごをお届けします。

りんご園概要
園面積280アールで約700本のりんごの樹を栽培しています。農協指導のもとで肥料、農薬を減らしているエコファーマー認定農家です。
栽培品種 収穫時期
つがる 9月初旬
弘前ふじ 10月初旬
トキ 10月初旬
シナノスィート 10月中旬
シナノゴールド 10月下旬
王林 11月初旬
ふじ 11月初、中旬
収穫量は40〜50トンあり、2000〜2500箱(20kg入)のりんごが実ります。

青森市浪岡のりんご
朝日が昇る方向に八甲田、夕陽が沈む方向に岩木山を望む青森市浪岡は、青森県のほぼ中心にあります。
八甲田連峰の山里である当園は、寒暖の差が大きく美味しい作物が育つので、昔は「桃里」や「百々郷」などと呼ばれていました。鎌倉時代頃(1192頃)、当園がある場所に「吉内館」という平城が建てられていたと考えられ、りんご畑からは、中世時代の陶器や古銭が出土します。ちなみに、吉内という地名は源義経ゆかりのの金売吉内から名付けられたと言われ成田家の遠祖だとも言われています。
合併前の「浪岡町」と呼ばれていた頃は全国の町で一番のりんご生産量を誇っていて、市場では高い評価を受けていました。八甲田山系のミネラルたっぷりの雪解け水を吸い込んだ畑でとれる浪岡りんごは小ぶりながらも食味良好と讃えられています。

防虫対策
わが家では、ハマキムシ類やシンクイムシ類を防除するために、コンフェザーR(交信撹乱剤、リボン形体)を使用しています。
害虫の雌虫は、産卵時期に性フェロモンをだして雄虫を誘引します。このリボンは人口的に性フェロモンを発してりんご園内に充満させます。雄虫が雌虫にたどりつけなくなってしまい、その結果、交尾が連続的に阻害されりんご園内の害虫密度を低下することができます。りんごへの残留もなく、人間に対しても安全です。
殺虫剤の散布の回数を減らすことができて地球にもやさしいリボンです。
(製造元 信越化学工業株式会社)
(販売元 協友アグリ株式会社)

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りんごの通販
送料税込み価格でご案内(沖縄、離島は除く)
りんご品質
【良品】
食味が良いりんご。見映えの良いりんごを選んでいるので贈答品にも喜ばれています。
当園で人気の「売れ筋りんご」です。
【優良品】
果実が大きく当園で最高級品のりんごです。
販売予定期間
りんご【つがる】 販売予定なし
りんご【弘前ふじ】 販売予定なし
りんご【サンふじ】 販売予定なし
*天候状況によって販売期間が変更になります。

わが家紹介
わが家は、雪深い山里で親子五代にわたりりんご農家を営んでいます。51才のわたしには妻、娘、息子、母の4人の家族がいます。会社勤めをしていた時からりんごが好きで、いつかは自分も家業を継ぎたいと思っていました。そのために休日には農作業をしたり、りんごに関連する本を読んだり、ホームページを作成したりしました。10年前に父が亡くなったのをきっかけに専業でりんご作りに取り組みました。
夢は、子供そしてその子供たちが【りんご農家】を継ぎ、未来永劫に続くことです。
世代を超えてお客さまにりんごをお届けしたい。
子供たちがりんご農家になりたいと思えるように生業をたのしんでいきたいです。
次の世代へ〜研修生受け入れ
明治8年春(1875)、明治政府の近代化政策で洋種果樹が奨励され、青森県にりんご苗木3本が配布されました。150年ほどの歴史の中で数々の試練があり、たくさんの人と事が重なって最高レベルの技術が蓄積されました。
現在、青森りんごは世界市場に輸出されて確固たる地位を築いています。しかし、りんご園を見渡せば農家の高齢化でりんごの樹が年を追うごとに伐採されてゆきます。少子高齢化で、青森りんごを次の世代に繋げるには新規参入が不可欠です。
私は新たな試練を打開すべく、令和元年(2019)からりんご農家を志す若者の研修を受け入れています。その様子が、青森県移住・交流ポータブルサイトの動画で紹介されています。私の想いとりんご園の風景が感じとられると思います。

おいしいりんごの見分け方
1 ツルが太くてピンとしている
2 赤色がしっかり着いているものが、甘みが強くて味が濃い
3 りんごの下の部分まで、赤いりんごは赤く、黄色いりんごは黄色くなっているもの
4 同じ品種のなかでは、中くらいの大きさで重量感のあるもの
5 りんごを指ではじいた時に弾んだ音がする
りんごの甘みに関係しているのは果糖、ブトウ糖、ショ糖。果糖がもっとも甘く少し冷やして食べると甘さを強く感じます。りんごは家庭でも長期保存できるくだものです。太陽に当てず暗く涼しいところに保管して下さい。

受粉
わが家では、マメコバチを使い受粉作業をおこなっています。マメコバチは、ミツバチよりも少しちいさく1年のうち約1ヶ月(青森県内では5月頃)飛びまわり、花粉を運びます。りんごの開花時期とマメコバチの活動期間が重なり、花が咲く5月には巣箱を園内において受粉しています。
りんごの花は自分の花粉(同品種)がついても結実しない為、マメコバチがせっせと飛び回って他の品種の花粉を運んできます。人間を攻撃することはなくりんご箱に入ったカヤの中が巣となっています。50mが活動範囲で、わが家では40mごとに巣箱を設置しています。
花を利用する昆虫と、昆虫を利用する植物は依存関係を保ちながら、長い間進化してきました。自然の営みに則りながらりんごをつくりたいと思います。

東郷平八郎元帥に
わが家のりんごを贈っていた
私の3代前の先祖の本が青森県立図書館に置いてあります。「成田良策遺稿集」という本です。随感録のひとつにりんごのことが、書かれています。
日露戦争に鴨緑江軍司令官であった川村景明元帥が、大正13年(1924)故郷鹿児島で盲腸炎を患ったときに、曾祖父(良策)は鹿児島へりんご1箱贈ったそうです。当時は宅配便などがなく汽車の客室便で発送いたしました。極上りんご1箱2円程度だったのにたいして運賃が7円ほどかかったそうです。そのことを川村元帥はお喜びになり、その翌年の大正14年(1925)同郷の朋友である東郷平八郎元帥を曾祖父に会わせたそうです。
それ以来、秋にはわが家のりんごを贈り、上京の際には元帥といろいろなお話をさせていただいたそうです。多数の東郷平八郎家の礼状が残っており、りんごをいただいた時のお礼が述べられています。
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